期待しない

今回の家族にキレない・キレさせないためのテーマは「期待しない」ということです。

怒りの原因の一つに「期待通りにならなかったから」というのがあります。人に対して怒ってしまう時、こういう風にしてほしい、ああしてほしい、とどこかに自分の期待があると、その期待が裏切られて傷つき、怒り変わることがよくあります。

家族に対しても知らず知らずのうちに沢山の期待を抱いてしまっていることがあります。期待をするのは、本人の自由でも、期待をされている方は窮屈です。小さな子供の時は、「期待されているから頑張る・・・」と思えたとしても、それを既に大人になった子供や自分の配偶者、両親といった大の大人に対してまで、いつまでも期待し続けていると、相手との衝突のきっかけになってしまいます。

期待するということについて、「望みを持つ」とか、「相手を信じる」とか何だか良い意味で捉えてしまうことも多いのですが、家族にキレない・キレさせないためには、期待することは害でしかないと見た方が賢明です。

期待というのは、結局他人のことを考えています。私は自分のことなんか後回しにして、家族のことばかり考えていると思っている人も要注意です。

なぜなら、期待することは簡単に「自己満足的な」お節介と、他人へのコントロールにつながります。こう書くと、とてつもなくいやらしいものに見えてきますが、実際、期待のどこからがお節介とコントロールに変貌するのか、その境界線は曖昧ではっきりしていません。曖昧だからこそ、期待が行き過ぎると、いとも簡単にそういう家族関係にとって爆弾にしかなりえないようなものに姿を変えてしまうのです。

だから、そんな危なっかしいものは最初から持たないことです。
期待をするなら「自分」に期待をするのであって、他人に対してはしません。他人に期待するから悩みが増えます。自分のことでも、本当はいっぱいいっぱいなはずなのに、他人の「不要な」お世話をしている必要はありません。他の家族は、一人ひとりそれぞれの人生を歩んでいき、それぞれの人生を歩ませてあげます。それが他の誰かの視点から良かろうが悪かろうが・・・です。

相手が求めていない場合、望んでいない場合、他人の人生に入り込んで、人の人生をどうこうしようとすることは、非常に疲れる行為であり、不毛な行為でもあります。

期待はもうやめて、お互いの「違い」を純粋にそのまま受け入れて、思い通りにいかないことも、それは相手の人生を「割りきって」、尊厳を大切にしてあげることを始めてみます。
そうして、家族に対して期待することをやめることで、多くの悩みごとや心配が同時に消えていくことに気づくはずです。

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