勝手に人格を決めない

今回の家族にキレない・キレさせないためのテーマは「勝手に人格を決めない」ということです。

親子関係、配偶者関係がうまくいかなかった時期が長ければ長いほど、何とか正当化して、これ以上自分が傷つかないようにするために、相手の人格を定義づけることがあります。

例えば、自分が納得できなかったり、許容しがたい相手の嫌な面、嫌な行動に対して、「あの人は、死んでも変わらない人だから・・・」と言って、諦めながらも、心の中で怒っています。

意識しようがしていまいが、知らず知らずのうちに相手の人格を勝手に定義して、それで余計に苦しんでいる人がいます。

嫌なことに蓋をするためだけに、相手の人格を勝手に決めつけることは、改善の方向には貢献しません。もし、本当に相手に関与することをやめ、相手がどうであれ、自分の人生を傷つけることなく歩もうとするには、むしろ相手への勝手な人格の決めつけは不要であり、邪魔になります。

相手を定義付けしないと気持ちが収まらない段階では、まだ相手を切り離せていません。自分の思い通りにならない相手に、もしくは自分によくしてくれない相手に怒(いか)ってしまっています。ひとたび何かがあると、すぐにその決めつけた定義がまた出てきて、必死に自分をなだめようとしなくては相手と関わっていけない状態です。

誰かを定義付けしたところで、それは勝手な「あなたの思い」であり、事実かどうかとは全く関係がありません。

確実に言えることは、その「自分の思い」だけから生まれた偏った定義付けによって、相手との和解をより一層難しくし、ことあるたびに、その定義付けを思い出させ、家族との関係の良化を妨げます。

確かに、この定義付けを持っていたら、過渡期には自分を傷つけず、自分が納得できるという守りを得られるメリットがあります。でも、それは一時的な絆創膏代わりにしかなりません。

長期的な関わりを持つ家族と、少しでも良好な関係を継続するためには、その場しのぎの絆創膏は、一度気持ちが落ち着いたら外す決断をして、まっさらな目で、公平な目で、過去の過ちを赦し、もう一度家族を見るようにしましょう。

確かにこのプロセスには「赦し」のテーマが必要になってくるかもしれませんね。

でもまずは、敵意に満ちた気持ちや、失望と諦めに溢れる目を、正常な目に戻してあげるだけで、見える世界がどんどん変わってくるということを知っていてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL