怒りが収まらない人へ

怒りが収まらない人へ

夫に理不尽なことを言われた・・・
私がこれだけ努力しているのに、全く理解していないどころか、更なる(私にとっての)悪事を繰り返す。
私が怒れば、事態はもっと大きくなることは、過去の経験から、十分に、痛いほど理解しているつもり。でも、今日もまた。終わりのない日々に、私は自分の気持ちをどこへ向けて行けばいいのか。そんな気持ちを抱えていませんか?

自分の善の主張を放棄する

いつの時代にも、今この瞬間も、善いことと悪いことが存在します。正しいことと正しくないことが存在します。私たちは、人から言われないくても、何が善いことで、何が悪いことなのか「感覚的に」わかっています。あなたの中に、どんな善いこと、悪いことの基準がありますか?

タバコを徹底的に排除し、タバコを吸っている人に対して、迷惑きわまりない不快な人と見立て、受動喫煙をこの上なくひどく憎む家庭に育てられた人は、タバコ=害という判断が一つの悪の基準になります。隣の人がタバコを吸い始めただけで、レストランを出るなんていう恥ずかしい思いが蘇る。タバコは健康に悪い・・・そんな軽い表現で済まされるものではありません。

そういう家庭環境で育った人あ、結婚をして、新しく家庭を持って、まして自分の家族の一員が、タバコにでも手を出したら・・・それも完全な依存で、それなしには生きていけないほどの異常な付き合い方だったら・・・怒り、苛立ち、こんな人間と関わっている自分を情けなく思ってしまうかもしれません。
いつまで経っても、やめてくれない相手に、我慢していた文句が出てくる。匂いに、ゴミの処理に、それに使うお金に、脅かされている健康に・・・怒る。目に見えないところで、あらゆる良くないことが、自分が居場所を共有するところで、自分の家族に、まさに起きている。耐えられません。

全てがだらしなく見えてきます。そんなものに依存しなくては生きられないのかと、モノを破壊して自分の怒りがどれだけ大きいものかを表したくなる。一つの「悪い」行為によって、全体がどれだけ悪くなっているのか、影響しているのか、最悪な状況になっているのか・・・これでもかと分からせたくなる気分になることもあります。自分がどれだけ苦しんでいるのかを相手に分からせたい・・・。

〜〜〜

あなたの怒りは今、燃えていますか?
タバコは一例です。ただ、私たちは、いつも、自分の「善いこと」「悪いこと」の価値観が他人とぶつかると、怒り狂い、苦しみます。タバコは悪い、タバコは有害だ、タバコは迷惑だ、タバコを吸う人は愚かだ・・・あなたの中にある、基準に引っかかったものが、燃える怒りの炎のガソリンとなり、燃料になり、その炎を更に大きく、大きくしていきます。

あなたの中にある、「こうあるべきだ」という考えは、もちろん、あなただけが勝手に思っているものではなく、確かに真っ当な理由があると思います。100人入れば、99人が納得して、同意してくれるようなことだからこそ、余計に、自分の基準を固く持ち、あなたの考えによって、あなたの目に映る全ての世界の白黒がはっきり見えてきます。

今、あなたはとてつもなく怒っています。自分が黒とみなすことを相手が目の前でやっている。やめない。いつまでも続いている。毎日、毎日顔を合わせる家族なのに・・・。

他の他人だったら、こんな感情に決してならなかったのに、あなたは怒り燃えています。なぜなら、相手は家族だから。絶対に壊したくないものをギリギリのところで、なんとか頑張って保っているのです。

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一旦、あなたが、「こうあるべきだ」「こうするべきだ」「こうしたほうがいい」と断言できるその基準を、一度主張するのをやめてみませんか。

これは、試合放棄ではありません。「一時休止」です。ことを荒立てたくない、それでも、もう、こんなことばかりうんざりしている・・・その時は、一時休止をかけます。更に火の粉をあげる、あなたの頭の中にある基準に対して一旦、休止です。

あなたの「善」の基準、つまり「こうあるべきだ」「こうするべきだ」「こうしたほうがいい」を、一度、自分以外の第3者に委ねるかのように、そっと、あなたから離して、基準から自由になってください。

我慢しないー赦して、突き放すこと

本当に状況を改善したい、でも、あなたが怒ったところで、説教をしたところで、全然うまくいかないどころか、ことが更に悪化したような経験、したくもないのに無駄に喧嘩をすることにつながってしまった・・・そんな経験を何度もしている人であればあるほど、ことを荒立てず、穏便な日々をなんとか維持しようと努力します。

相手が、悪しき習慣をやめられないのは、愛が足りていないからだとか、私のコミュニケーションがきついからだとか、私がコントロールしているからだとか・・・そうやって、自分を責めたり、改善しようとしたり、相手を苛立たせないように努力したり・・・必要以上にお世話をしてあげたりとか、優しく接してあげたりとか・・・あなた自身、もしかして今まで以上に日常に気を遣って工夫と努力を重ねているかもしれません。

あなたが、自分の「善い」基準に「一時休止」をかけて、一旦それを開け渡したら、次は、相手を「赦す」こと。あなたの内側だけで怒っていることであれば、相手にいちいち、話したり、赦しを求める必要もありません。あなただけの心の中のやりとりです。あなたをこんなにも苦しめ、悲しい気持ちにさせ、辛い思いにさせ、将来の希望を見えなくさせて、どうにもならない日常に怒っている、その要因となった、相手を、赦してあげてください。

どうやって?
それは「私じゃない」と思うだけです。

あなたにある「善い」基準が、今は、相手は「善い」と思えず、そしてたとえ、「善い」と分かっていても、悪い選択をとらざる得ない状態になっています。自分の習慣や、態度があなたをどれだけ苦しめ傷つけているのか、どれほど分かっていても、改善できずにいる、相手だって家族関係を決して壊したくないのに、変えられない、変わらない自分と向き合っている・・・そのことに対して、変えさせられるのは「私じゃない」。

あなたは問題解決の手伝いはできても、問題解決はできません。大学入試の試験会場へ送り迎えをしてあげて、お弁当を作ることができても、子供の代わりに問題を解くことができないのと同じように、問題解決を最終的にするのは本人です。

限界を知ってください。

必要以上に優しくする必要も、あなたがことを荒立てないようにと、我慢して、無理をして、本当はしたくないこともし、耐えて、耐えて・・・なんてそんなことしなくていいんです。

赦してあげた後は、あなたの人生をちゃんと生きてください。相手が自立するのは、相手の問題。突き放すところは突き放す。かわいそうとか、冷たいとか、それによって、喧嘩しちゃうかも・・・そんなこと考えないでください。

あなたがしたくもないことをし続け、我慢に我慢を重ね、相手ができることも使用人のようにサポートし続け、あなた自身が疲れ切ってしまうことは、のちに、相手に対する怒りを何十倍にも膨れあげさせる燃料になって帰ってくるでしょう。それはその努力によって、相手が改善しようが、しなかろうが、どっちの場合でも起きることです。今は、そうなんだと受け入れて、ただ、相手を赦し、そして、あなたの人生を大切にしてください。

思い巡らしてほしいこと

怒ったとき、相手に腹を立てた時、これまであなたが何度も何度も耐えてきたことが、目の前で繰り返される時、あなたは何を考え、どんな気持ちを思い起こしていましたか?

怒りは戦争です。

あなたは怒る自分に怒り、怒る状況を作った相手に怒っているはずです。相手はすぐに変わらないからこそ、家族だからこそ、守らなくてはいけない気持ちと、投げ出したい自分がもう一方でいることに怒っています。

もちろん、今すぐにでも相手に変わってほしい。お互い善いと思うことをして、ちゃんといい関係を作っていきたい。もちろんです。でも、相手を変えるのはあなたじゃない。

あなたがすることは、まず、あなたの怒りをこれでもかと大きくさせるあなたの基準を一度「一時休止」をかけること。なぜなら、相手はまだあなたの基準に追いついていないから。そして、相手を赦し、相手のために身を粉にするのではなく、あなた自身のなすべきこと、あなた自身の人生を大切にすることを始めてください。

周りのことに気が散って、それどころでもないと思うかもしれません。でも、周りのことに気が散っていても、相手は変えることはできず、ただ尊い時間だけは確実に過ぎ去っていることを知っておいてください。

 

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